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雪と死体のサンドイッチ。

最後まで読んで下さい。「異国の丘」の歌をしっていますか?。
このタイトルはシベリア抑留の地獄のから生還した副社長が書いた記録の題名です、その中から抜粋しました、この本は1992年11月に生存者達が発行し体験が書かれています。敗戦の年、12月より翌年2月末迄の3ヶ月間のトランスワ―ルの収容所は、まさにこの世の地獄であった。1回200グラムのパンにキャベツの浮いたスープ「普通食の半分ない」室内でも0度以下になる酷寒。外は零下20度の猛吹雪、木製の蚕棚式のペット。薄い寝具、そのまま作業になる、着のみ着のままの軍服。シラミが湧きほうだいで風呂も無い、ルナペンのような環境であった。それでいて正味8時間の重労働・・・皆痩せてフラフラになって、倒れる者が続出。そのほとんどが栄養失調であった。死体置き場は4坪ほどの掘立小屋で板壁もだいぶ、はがれ落ち隙間から雪が吹きこんでいた、その中に遺体が山の様に積み重なって放り込まれていた。遺体は全部丸裸。服も肌着も剥ぎ取られた裸、栄養失調による死体はやせ細り骨と皮ばかり・こげ茶色で申し訳ないが焼き鳥のようだった、吹きこんだ雪と混ざり合い「死体と雪のサンドイッチ」になっていた、何体あるのか数える事も出来ない、見るも無残なその有様に、我々は息をのんで立ちすくむばかりであった。その地獄の光景は今でもハッキリ瞼に焼きついて残っている。カンカンに凍った地面に凹みを作りその上に遺体を横たえ雪を覆って埋葬する。それだけで精一杯であった、墓標も無い。雪饅頭に手を合わせて冥ふくを祈るだけの葬儀であった。その後各地を転々して零下50度の酷寒も経験した。復員まで帰国したい一念で耐えに耐えた約二年の奴隷記である。
冒頭に「第二大戦中、日本が中国を始め東南アジアの数々の蛮行は、卒直に反省すべきだが、だからと言って、ソ連の非人道的な行為が帳消しにされるべきではなく、許しか゜たい事だと思う」と編集者が書いています。棋楽
2010-08-26(Thu)
 

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