敗戦70年「8」死者の埋葬「まいそう」


昭和21年1月中旬より、寒さと栄養失調と連日の重労働により死者が発生した。私も2月より3月にかけて数回、埋葬作業の指揮をとった。2月の中旬ころまでは医務室の廊下にあった裸の死体は3~5体程度で、その都度、健常者一個分隊ぐらいで、収容所より20分ぐらいの雪の原っぱに、「十字くわ」で凍土を約数10センチ堀り埋めていたが、2月下旬ごろになると段々と死者は増加し、医務室の廊下はカチカチ凍った真っ裸の死体の山となった。少なくとも10体以上を数えた。段々と作業の疲れから、埋葬作業に出る兵隊も少なくなり、また死体がどんどん増えて来るため、固く凍った凍土を掘る作業ははかどらず、3月に行った行った埋葬作業は、2メートル余り積もった雪を掘って雪の下に埋めるのがやっとだった。
3月に収容所が閉鎖され、我々はチェルナゴルカの炭鉱作業に移ったが、6月ごろになると、我々が埋めた死体は雪解けと共に地表に出て誠に目もあてられない地獄絵となった。我々がが埋葬作業をした場所は谷川の河原であったらしく、雪解けの水で全部がむき出しになったとか。イシベスコーワヤの伐採からまたこの死体の為、作業隊がトランスワールに向かったと聞いた。今この埋葬場所がどうなっているかと思う。医務室の廊下にコチコチの死体の山があり、何時わが身がこのようなコチコチの死体となって、この異郷の地に埋められるかと思いながら、戦友を零下40度前後の寒さの中で埋めた埋葬作業は今もって脳裏に浮かびあがってくる。
この埋葬地に埋められた100数10人の霊のとこしえに安からんことを祈ります。村田さん。・・・・・棋楽
2015-08-29(Sat)
 

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