兄「81歳」天国に。

1_20151231205522561.jpg
3_20151231205610542.jpg 1_20151220184421cf9.jpg
2013年6月16日の兄弟会の直前に倒れて、寝たきりになっていた。歯痛はなく意識はあったが、食事も摂れず、テレビも新聞も見られない2年半は長かったろう「涙」、最後に会ったのは11月14日の同窓会の日に、早く伊勢市に行き、四男と一緒に見舞った。その時の兄の最初の言葉は「岡田君はどうした?」だつた。「兄が元気な頃に墓で毎朝あっていた棋楽の同級生」・・岡田君は、2回も一緒にみまっていれていた、伊勢市の近くにいながら一度も見舞はなかつた肉親にも会いたかったに違いない。19日に姪から危篤の知らせがあり、棋楽以外の肉親は集まったようだが、意識の無くなった兄には会う気はなかった、21日に死亡、22日が通夜だったが、その日は愛岐会だった。兄は両親の法事は愛岐会の日程が決まってから、法事の日を決めてくれていたから参列しなしても許してくれただろう。
兄は遺言で祭壇と遺影、連絡する人も決めてあった。甥や姪の名はなかったようだ、香典の1万円は通夜に来た弟達が決めた?。これが前例になり、棋楽が死ねば、確実に香典が入る。12月20日の法事は等観寺「両親の法要もここだった、僧侶も同じ」昔は小学校の校庭と地続きだったが、家と道路が割り込んでいる、早修「そうしゅう」公園の奥に高い建物が寺、戦前からの建物て冷暖房はない。
この日は納骨があり、全員が墓まで行って、石碑に花をそなえ水をかけていたが、棋楽だけはやらなかった。生きているうちに見舞うべきであって、死んでからでは遅い。兄を見舞たのは六回だが、別れるときに、涙交じりで「ありがとう、ありがとう」と言ってくれた、その表情と声は今でも忘れない「涙」 合掌 棋楽
2016-01-01(Fri)
 

コメントの投稿

非公開コメント


プロフィール

棋楽

Author:棋楽
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索